予感。

私は昔から予感?なのか直感なのか

根拠なくふと脳裏によぎったものは

よく当たる。

でもいつも信じてないから

後でしまった!と言うことも多い。

なので最近は

外れても何の利害も無いので信じることにしてる。

良いことだけじゃなくその逆もまた同じくらいだけど。

中学生の時に文通が流行り

私は鹿児島の文通相手のことをふと思い出した。

何年も文通したので住所も記憶してる。

かなり久しぶりの相手を想い

もう結婚して実家には居ないだろうな

もしかして鹿児島にも居ないかも知れない

などなど考えながら手紙を書いた。

文通相手の彼女の家は医院だったので

必ず手紙は届いて手渡されるだろうと思っていた。

そして

ポストに投函しようとしたその時ふっと

理由は分からないけど

違う意味で彼女に届かない気がした。

投函前に封筒の裏に

「もしも彼女にこの手紙を届けられない時は、どうぞご家族の方開封して下さい。」

と付け加えて投函した。

一週間後

彼女のご両親連名で一通の手紙が届いた。

その手紙の中には

彼女が浄土に旅立ったこと

住所が変わっていたけど

手紙が届けられたこと

彼女の弟さんが鹿児島市内で医師になったこと

私の手紙にきちんと返信をして頂いて。

文通と電話と写真のやり取りだけで

一度も会ったことの無い彼女だった。

彼女との記憶は写真の中のまま。

大人になっていつか会いたいと手紙や電話で話していた頃が懐かしい。

何でこんな事ならキャッチするんだろうね…。

義父の時もそう。

容体が悪くなった時のこと。

深夜の夢にギンガムチェックのシャツを着て

義父とは気付かない若さの姿で

明日の大きな船で還るよと

笑いながら伝えて来た。

潮の満ち引きを見たら

午前11時半が干潮だと知る。

私は直ぐに起きて

先に一週間早く帰省している旦那様の服と

自分の服を用意して

早朝宮崎から大分へ車を走らせた。

まだ3歳の娘は私の両親に預けて。

義父は予告通り

11時少し過ぎて息を引き取った。

優しかった義父の最期に間に合った。

私の両親に義父のことを

連絡しようと父に電話したら

私の娘が

「あ。じいちゃんが来た。」

って言ったらしく

父は私の連絡は訃報だと直ぐに分かったらしい。

娘にじいちゃんが会いに来たの?と聞いたら

「うん。天使の羽根がいーっぱい。じいちゃんが来たよ。」

義父はたった1人しかいない孫に会いに来てくれたんだと

何だか安心したのを覚えている。

娘は当時

時折…天使の羽根を視るらしく

じいちゃん、じいちゃんと無邪気に笑っていた。

まだこの頃は

娘と天使の繋がりを全く知らない私だった。

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